はなまる鍼灸整骨院への
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代表自己紹介・あいさつ

本⽇はご来院頂き誠に有り難うございました。
こんにちは!3世代を笑顔に変える治療専⾨はなまる鍼灸整⾻院、代表の井澤⼤介です。
これから全⼒で治療していくにあたり、恥ずかしいのですが⾃⼰紹介をさせてください。

 

私は1978年1⽉、正⽉気分の抜けない吹⽥市の産婦人科でうぶ声を上げ、その後実家のある摂津市で25歳まで過ごしました。
摂津市といえば新幹線の基地があったり、幼少期はコカコーラの⼯場があったり⼩さい市ながら⾃慢できるところがありました。
⼤阪府下でも全く⽬立ちませんが、私はふるさと「摂津市」を愛しています。

 

私の家族は、今まで⼀度も仕事を休んでいるのをみたことがない会社員の父(酒豪・酔うとめんどくさい笑。けど尊敬しています。)、
人⼯股関節・腰椎ヘルニア、脊柱管狭窄症の母(父親や私たちに本当に尽くしてくれる。おかん⼤好きです。)
そして、3つ4つ離れた年子の姉が⼆人います。(⼆人とも摂津市にあった⿃飼高校卒。以前に「何やその高校、⿃の飼い方を習うてんか?」とバカにしたら殺されそうになりました(笑))
今では甥っ子姪っ子が増えての13人家族です。

 

現在は、優しくて感受性豊かなちょっとアカンタレの息子と、才能豊かで元気いっぱい可愛くて仕方がない娘。のお父ちゃんです。

 

私は水泳・野球・サッカーと幼少の頃から多くのスポーツを経験しましたが、特に中学時代のサッカーではケガに泣かされて、⾻折・捻挫たび重なるケガから1年以上復帰できずに、毎⽇⾒学で辛く苦しい⽇々を過ごしました。

 

当然、整形外科や整⾻院にも⾏きました。いろんな噂や評判を聞きつけて、いろんな整体を受けさせてもらったりしました、本当にたくさんのところへ⾏きました。何⼗カ所も⾏きました。
でも私の体は治ることはありませんでした。
同級⽣からは⽩い⽬で⾒られたりしました。
確かにそうです。いつまでも痛い痛いといって練習に参加しないのですから。

 

それに加えて、実は勉強が苦⼿でした。お恥ずかしい話なのですが、忘れもしません中学⽣の時に「数学の実⼒テストで0点」を叩き出したこともあります。。。

 

なのでその頃の私は、本当に何をやってもうまくいかなかったし、誰も⾃分のことを理解してくれないと思っていました。唯⼀の理解者は「ケン」という(シェパードとシェットランドシープドッグの)MIX⽝だけだと思っていました(笑)。

 

でも、誤解しないでください。私はこれを悲しい物語にしたくて書いているのではありません。可哀想だと思ってもらいたくて書いているのでもありません。
そんな必要は全くないのです。なぜなら私の話は、ハッピーエンドで終わるからです。
私の話がハッピーエンドで終わるのは、まさにこの業界に入り、私の人⽣を全く変えるような発⾒をしたからです。
あの頃、夢にも思わなかった素晴らしい経験をたくさんしたのです。

きっかけ

この業界に入る前、ファッションに真剣に興味があり学校に通って、勉強しました。
実際に姉のウェディングドレスを製作したり、そのドレスで賞をいただいたりもしました。
なので前職はアパレルで働いていました。新商品が出ると⾏列ができるような、当時とても人気のあった『A.P.C.』という、今では考えられないおしゃれなお店で店長をしていました。

 

この頃、体を覆うもので姿勢やシルエットが変わる、さらに気分や精神⾯までが、⼀瞬で変化が起こることに気づきました。

 

こんなことを深く考えていくと、洋服という外側から人間を⾒ることから、筋⾁や⾻、神経、食事など体の内側へ興味が変わってきました。
そこで25歳の時に⼀念発起し、整⾻院業界へ転職し、働きながら、⼀から学校へ通うことを決めたのでした。

 

当時勤めた鶴⾒区にある接⾻院では多いときで1⽇に100人以上の患者さんが来院し、朝7時から始業しお昼に学校へ⾏って、⼣方戻って夜11時頃まで仕事する。
これを⽉曜から⼟曜まで、毎⽇⽬が回るほど働きました。
仕事も勉強も厳しい修⾏で辞めていくスタッフがいるなか続けられたのは、仕事を1⽇も休んだことのない父親の後ろ姿が支えてくれたのかも知れません。

素晴らしい経験

私は「やる」と決めたのです。整⾻3年鍼灸3年、合わせて6年間、ほとんど遊ばずにめちゃくちゃ勉強しました。ここでこうして言えるくらいですから、ほんまにめちゃくちゃ勉強しました。
おかげで⾸席で卒業ができ、国家試験も学内トップ合格、学校協会からも表彰して頂きました(院内掲⽰しています)。

 

何より嬉しいのは卒後10年経っても当時お世話になった「高橋研⼀名誉学長」が覚えていてくださって、独立時にわざわざ推薦していただけたことです。
そして、これまで仕事は1⽇も休まずに両立できたこと、全国的にみても競争の激しい⼤阪市内で3軒の整⾻院を立ち上げに参加し、3軒とも、ゼロから100人以上来る繁盛院に作り上げたことも「決めたらできる」と実証できた私の⼤きな財産となっています。

 

15年の勤務期間に様々なケガや難しい症状を経験したこと、たくさんの仲間と出会えたこと、苦しみから解放され心からの感謝をいただくこと、またそのご家族さまからも感謝された時は嬉しくて嬉しくてたまりません。
こんなことが間違いなく今の私にとって⼤きな糧となっています。

 

2017年10⽉に、「この街から腰痛をなくしたい」という想いを抱き「はなまる鍼灸整⾻院」を前オーナーより買取り、開業しました。
お陰様で毎年たくさんの患者様を診させて頂いてますが、治療後の皆様の笑顔で「ありがとう」が私の原動⼒となっています。
みなさまが、この先100歳200歳まで、笑顔で元気に過ごせる身体づくりを全⼒でサポートしていきます。
これからもずっと宜しくお願い致します。