四條畷で接骨院なら「はなまる鍼灸整骨院」

井澤大介(いざわだいすけ)

IMG_7124≪保有資格≫
柔道整復師・鍼灸師

業界歴15年

所属学会
全日本鍼灸学会
日本柔道整復接骨医学会
ホルモン免疫栄養学会
日本操体学会
陰陽五行論塾

 

≪ごあいさつ≫

3世代を笑顔にする「はなまる鍼灸整骨院」 
院長の井澤大介です。

IMG_2439私は1978年1月 正月気分の抜けない吹田市の産婦人科でうぶ声を上げ、その後実家のある摂津市で25歳まで過ごしました。摂津市といえば新幹線の基地があったり、幼少期はコカコーラの工場があったり小さい市ながら自慢できるところがありました。大阪府下でも全く目立ちませんが、私はふるさと「摂津市」を愛しています。

私の家族は、今まで一度も仕事を休んでいるのをみたことがない会社員の父(酒豪・酔うとめんどくさい笑。けど尊敬しています。)、人工股関節・腰椎ヘルニア、脊柱管狭窄症の母(父親や私たちに本当に尽くしてくれる。おかん大好きです。)

そして、3つ4つ離れた年子の姉が二人います。(二人とも摂津市にあった鳥飼高校卒。以前に「何やその高校、鳥の飼い方を習うてんか?」とバカ にしたら殺されそうになりました(笑)

今では甥っ子姪っ子が増えての13人家族です。

IMG_55732011年くらいに飲み屋で出会った妻(看護師)と結婚し、現在は、優しくて感性豊かなちょっとアカンタレの息子と、才能豊かで元気いっぱい可愛くて仕方がない娘。のお父ちゃんです。

私は水泳・野球・サッカーと幼少の頃から多くのスポーツを経験しましたが、特に中学時代のサッカーではケガに泣かされて、骨折・捻挫たび重なるケガから1年以上復帰できずに、毎日見学で辛く苦しい日々を過ごしました。

当然、整形外科や整骨院にも行きました。いろんな噂や評判を聞きつけて、いろんな整体を受けさせてもらったりしました、本当にたくさんのところへ行きました。何十カ所も行きました。でも私の体は治ることはありませんでした。

なので、ケガや痛みで苦しい人の気持ちが私には良くわかります。

この業界に入ったきっかけ

この業界に入る前、ファッションに真剣に興味があり学校に通って、勉強しました。

ウェディングドレスを製作して、姉が実際に披露宴で着てくれたり、そのドレスが賞をいただいたりもしました。洋服への情熱は冷める事なく、20歳からアパレルで働きました。新商品が出ると行列ができるような、当時とても人気のあった『A.P.C.』というおしゃれなお店で店長をしていました。

この頃、体を覆うもので姿勢やシルエットがかなり変わる、さらに気分や精神面までが、一瞬で変化が起こることに気づきました。

こんなことを深く考えていくと、洋服という外側から人間を見ることから、筋肉や骨、神経、食事など体の内側へ興味が変わってきました。そこで25歳の時に一念発起し、整骨院業界へ転職し、働きながら、一から学校へ通うことを決めたのでした。

当時勤めた鶴見区にある接骨院では、多いときで1日に100人以上の患者様が来院し、
「朝7時から始業」 → 「お昼に学校へ」 → 「夕方戻って夜11時頃まで仕事。」
これを月曜から土曜まで、毎日目が回るほど働きました。仕事も勉強も厳しい修行で辞めていくスタッフがいるなか続けられたのは、1日も仕事を休んだことがない父の後ろ姿が支えてくれたのかも知れません。

 

素晴らしい経験

私はただ「やる」と決めたのです。整骨3年鍼灸3年、めちゃくちゃ勉強しました。
ここでこうして言えるくらいですから、ほんまにめちゃくちゃ勉強しました。
おかげで首席で卒業ができ、国家試験も学内トップ合格、学校協会からも表彰して頂きました(院内掲示しています)。

何より嬉しいのは卒後10年経っても当時お世話になった「高橋研一名誉学長」からわざわざ推薦していただけたことです。

そして、その間仕事は1日も休まずに両立できたこと、全国的にみても競争の激しい大阪市内で3軒の整骨院を立ち上げに参加し、3軒とも、ゼロから100人以上来る繁盛院に作り上げたことも「決めたらできる」と実証できた私の大きな財産となっています。

15年の勤務期間に様々な怪我や難しい症状を経験したこと、たくさんの仲間と出会えたこと、苦しみから解放され心からの感謝を患者様からいただくこと、またそのご家族さまからも感謝された時は嬉しくて嬉しくてたまりません。こんなことが間違いなく今の私にとって大きな糧となっています。

2017年10月に、「この街から腰痛をなくしたい」という想いを抱き「はなまる鍼灸整骨院」を前オーナーより買取り、開業しました。

お陰様で毎年たくさんの患者様を診させて頂いてますが、治療後の皆様の笑顔で「ありがとう」が私の原動力となっています。

みなさまが、この先100歳200歳まで、笑顔で元気に過ごせる身体づくりを全力でサポートしていきます。これからもずっと宜しくお願い致します。

 

 

副院長 木下健大(キノシタケンタ)

木下≪保有資格≫
鍼灸師

業界歴10年

趣味:自社仏閣めぐり

≪ごあいさつ≫

はじめまして、木下健大です。
198年8月16日に兵庫県高砂市に産まれました。
家族は、両親、姉、私、妹の5人家族です。

中学、高校生のとき、僕は、サッカーばかりしていて 将来、スポーツに関わった仕事をしたいとは思っていました。
高校三年のとき、部活中にヘルニアや骨にヒビが入るなどの怪我が続いた事がきっかけで、怪我の為に思う存分、プレイできない辛さをしりました。
今まで、小学生から高校3年生になるまで、たいした怪我をしたことがなかったので余計に感じたのかもしれません。

怪我をして思いっきりプレーできない人たちもたくさんいるだろうと思い、スポーツトレーナーと言う職業を見つけ大阪の専門学校に行くことにしました。
スポーツの現場などにも研修に行かせていただいたのですが、整骨院に見学などを行かせていただきスポーツ以外でも傷みに悩まされている方がたくさんいるのだと気づかされました。

そして就職に悩んでいる時に、僕の母親がお風呂場で転んで大腿骨を折ってしまいました。
手術により股関節を人工関節になって歩くのも大変そうな、自分の母親が弱っている姿を見てとてもショックでした。

その姿を見た事により、母親の痛みを取りたいと思うようになっていました。
それがきっかけで痛みにより日常生活に支障がでている人、それを手助けする家族の悩みを解決したいと思ったのが治療業界に入るきっかけです。

痛みでやりたいことができないという方の助けになります。なので私は全力でサポートします。

あなたの悩みを解消するために全身全霊で治療させて頂きます!

 

 

片岡拓也(かたおかたくや)

IMG_7235≪保有資格≫

柔道整復師
業界歴5年

≪ごあいさつ≫

私は、平成3年2月23日に難産の末に生まれた元気な男の子です!
家族は母・2つ離れた兄・4つ離れた弟・私の4人家族です。 男ばかりの三兄弟で小さい頃は兄弟喧嘩ばかりしていましたが今では仲良し三兄弟です^ ^

生まれも育ちも大東市でなんと、3回も引っ越しているのに全て大東市の中で引っ越しているほどの地元愛です!!
私は子供の頃から両親に少年野球、柔道、空手などいろいろな事を経験させてもらいましたが持ち前の運動神経の無さが発揮し、全く上達しませんでした。笑

そんな私ですが、運動する事は大好きで中学生の時はバスケットボール部に入り日々練習に明け暮れる毎日を送っていました。三年生の引退が近づき、二年生のいなかった私達一年生は新チームのレギュラー争いで頑張っていました。

しかし、その時練習中、肩に怪我をしてしまい、悔しさと不安からすぐに復帰しようと、病院の先生の注意を聞かずに無理に練習を再開した結果、怪我の再発を繰り返しチームメイトとの差は広がるばかりで、もどかしさと恥ずかしさから部活に参加するのも嫌になりチームメイトと喧嘩になってしまうこともありました。

もし、あの時しっかりと先生の話を聞いていたら、あの時自分の体の状態をしっかり理解しようとしていたら。。。
そんな事ばかりを考えて後悔のまま中学校の部活は引退を迎え、高校に入ってからは中学生の経験から、部活動をするのが嫌になってしまいアルバイトをして過ごしました。

無事に高校を卒業し、社会人となり仕事に励んでいたある日「痛いっ…」仕事での疲労が溜まったせいか肩のケガが再発してしまいました。なんで今さら…という気持ちもありましたが今度こそしっかりこのケガと向き合おうと思い、知り合いの整骨院の先生に自分の肩の状態、予防法などを細かく教えてもらい、そこではじめて自分の体の状態を知り、気をつけるべき動作などが理解できました。

この経験から自分の家族や友達が同じ思いで苦しまないよう、しっかりと知識を与えられる人になりたいと思い、勤めていた会社を辞め、この業界に飛び込みました。
今では家族や友達だけではなく院に来てくれている患者さんにその思いを届け、患者さんから「痛くなくなったよ!」や「足が動きやすくなったよ!」など、嬉しそうに声をかけてもらえる事が何よりの喜びです!

自分の関わる全ての人がケガや病気で辛い思いをしないように、ケガをしても少しでも早く立ち直れるよう、支えられる人になる事が僕の人生の目標です!

 

 

 

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